雲母坂

雲母坂(きららざか)
雲母坂は、京都市左京区修学院の修学院離宮脇より、比叡山の山頂に至る古道であり、また、千日回峰行の行者道でもある。現在ではこの登山道が雲母坂として知られているが、具体的な場所については同じくこの行者道の一部であった京都市左京区一乗寺の曼殊院道(府道104号部分)や、曼殊院参道とする説などもある。坂の名である「雲母」の由縁は、この山道が花崗岩の砕けた地質であり、土砂中に雲母が含まれていることによる、とされるが、異説もある。浄土真宗の宗祖とされる親鸞が、9歳(治承5年〈1181年〉)の時に青蓮院で出家し、叡山(比叡山延暦寺)へ修学のために登った道。また29歳(建仁元年〈1201年〉)の春頃に叡山と決別し、六角堂へ百日参籠を行うために下山した道とされる。また、延元の乱時の1633年(北朝:建武3年/南朝:延元元年6月7日)、比叡山に篭った後醍醐天皇方の千種忠顕率いる軍が細川氏を先陣とする足利直義の軍と対陣し、西坂本合戦で忠顕が討ち死にした地でもある。